愛とウソ

 

いながき@ありがとうです。

 

表題の愛とウソです。基本的に嘘つきな人は愛されていません。自己欺瞞もそれに当たります。愛されるためにいい人をやっているのかも知れないけれど、その足元である自分自身に愛されていませんよね? 自分嫌いとかも自己欺瞞の先に入ってきます。

 

そもそも、自分にウソをつく行為は、自分を認めていません。だから、愛には程遠いって言うか、世界が違います。自分が分からない人も、分からないふりをしているだけなので同じですね。愛を学ぶことはいいことですが、実践しないと愛にはなりません。

 

自分で自分を傷つけて(ウソをつくと言うことです)、自分を愛するなんておかしいでしょ?

例えば、男女に置き換えると、ウソしか言わない男が、俺を愛せ!みたいな感じです。相当のドMじゃないとそれは通らないですね。大抵のドMの人は、自分がなくて(相手を優先)、気に入られるために何でもするんです。でも結果としてドMの人はだまされてますよね。振り子なんです。

 

人間ですからウソを言わないといけないときもあります。嘘も方便です。これは理解しますが、その嘘が意識した嘘でなく、無意識に繰り出されるようになると自分なんてなくなります。いい人ってこういう感じなので、無意識に合わせてくれますが、人からは好かれないですね。害のない人、当たり障りのない人で終わってしまいます。

 

愛がなければ信頼は得られません。愛はそのままでOKだと認められることです。そのままじゃ自分はダメだとと思っている人を信頼することは難しいです。まぁ、大きな愛を持っていればありですが、そうでもない人が多いです。

 

今の自分を正視できない人は、当然、愛がないです。今の自分にOKを出してあげられないですからね。ウソをつき、理由をつけ、時になかったことにして自分を取り繕う、それをやったって満たされません。満たされていないと、満たすために何でもします。セミナージプシーもそうだし、バランスを崩す生活もそうですね。

 

大事なことは高いレベルで意識的な意図の元に行動することです。その意図は愛をベースにしていることですね。形は様々、人それぞれですのでそれが考えられるようになるといいですね。

 

意外と普通の幸せって地味なんです。足りてない人たちは一発逆転の未来や、起業、お金持ちを無理に選ぶから達成できずに、ショッボーンッ(ダッダーン風に言うと面白いです)です。

 

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